[コラム] ベトナムは次のタイになるのか – 低出生率と人材不足の足音

目次

✅ざっくり言うと

  • 📉 ベトナムの合計特殊出生率は、2024年に過去最低の1.91となりました。
  • 🏙️ ベトナムでは、都市部の出生率が1.67、農村部が2.08と、地域によって状況が異なります。
  • 🇹🇭 タイでは出生数の減少と高齢化が先行していますが、ベトナムが必ず同じ経路をたどるとは限りません。
  • 🏢 日本企業にとっては、人口総数だけでなく、進出先ごとの採用可能性、人材の定着、生産性を見極めることが重要です。

はじめに

今回は、ベトナムの出生率低下と、それが将来の人材確保や日本企業のASEAN事業に持つ意味について説明していきます。

ベトナムと聞くと、人口が多く、若い働き手にも恵まれた成長市場を思い浮かべる方も多いのではないかと思います。
実際、ベトナム国家統計局の2024年統計によると、人口は約1億130万人です。
また、2024年人口・住宅中間調査では、15歳から64歳までの人口が全体の67.4%を占めています。
したがって、ベトナムについて直ちに「働き手がいない国」と考えるのは正確ではありません。

一方、将来の人口構造に影響する出生率は、すでに人口置換水準を下回っています。
この変化を考えるうえでは、少子高齢化が先行するタイ、そして私が法人を経営するマレーシアも参考になります。

ベトナムの出生率はどこまで下がったのか

全国平均と都市部の違い

合計特殊出生率は英語でTotal Fertility Rate、略してTFRといいます。
ある年の年齢別出生率が続くと仮定した場合に、女性1人が生涯に産む子どもの数を表す期間指標です。
実際に一世代の女性が生涯に産んだ子どもの数を、その年の時点で確定する数字ではありません。

ベトナム国家統計局の公表値では、TFRは2023年の1.96から2024年には1.91へ低下し、2024年の値は過去最低でした。
ベトナム政府が公表した2025年の値は1.93と、前年よりわずかに上昇しています。
それでも、長期的に人口を維持する目安とされる約2.1を下回ります。

全国平均だけを見ると、地域差を見落とします。
2024年の国家統計局の分析では、都市部のTFRが1.67、農村部が2.08でした。
同じ資料によると、当時の63省・市のうち、人口置換水準を下回ったのは32省・市です。
この「32」は2024年当時の行政区分による数字であり、その後の行政再編後の34省・市を分母とするものではありません。

ベトナムを一つの平均値だけで捉えるのではなく、事業を行う都市や地域ごとに人口構造を確認する必要があると考えられます。

出生率の低下と、現在の人材不足は分けて考える

出生率が下がっても、翌年から直ちに働き手が減るわけではありません。
生まれた子どもが労働市場に入るまでには時間がかかり、その間の人材供給には、地域間の人口移動、就業率、教育、職業訓練なども影響します。
ベトナム国家統計局の2024~2074年の人口推計も、出生だけでなく、死亡や人口移動について仮定を置いて作成されています。

したがって、現在のTFRだけを根拠に「ベトナムでは近いうちに全国的な人材不足が起きる」と断定することはできません。
ただ、工業地域に進出する企業にとっては、全国の人口総数よりも、その地域で必要な技能を持つ人を採用し、働き続けてもらえるかが重要だと思います。

「豊かになると子どもが減る」だけで説明できるのか

所得の上昇、乳幼児死亡率の低下、女性の教育機会の拡大、都市化、避妊手段へのアクセスなどは、出生率の変化を考えるうえで重要な要因です。
もっとも、国の所得水準だけから、個々の人が結婚や出産について置かれた条件を読み取ることはできません。

例えば、都市部で子どもを育てる場合、住居、保育、教育にかかる費用だけでなく、仕事を続けられるか、育児を誰と分担できるかも問題になります。
国連人口基金の2025年報告書も、希望する家族のあり方を実現する際の障壁として、経済的制約、雇用の不安定さ、住宅、保育、パートナーとの関係などを取り上げています。
ただし、この国際的な調査結果を、そのままベトナムの出生率低下の原因割合として扱うことはできません。

ベトナムについて「豊かになる前に出生率が下がった」と問題提起する場合も、価値観の変化だけ、あるいは生活費だけを単独の原因と決めつけないことが大切だと考えています。

ベトナムの人口政策も変わり始めた

ベトナムでは、人口政策の重点も変化しています。
ベトナム政府の2025年6月の説明によると、人口に関する法令の改正により、夫婦や個人が子どもの数や出産の時期、間隔を決めることが明確にされました。

さらに、2026年2月の首相決定第291/QĐ-TTgは、2030年までに人口置換水準を確保・維持するためのプログラムを承認しています。
決定本文には、全国のTFRを毎年平均2%引き上げる目標が記されています。
また、出産や子育てへの支援を検討する際に、雇用、住宅、社会福祉、教育、医療などの政策を併せて見る方針も示されています。
工業団地や都市部での保育環境、出産後の職場復帰への言及もあります。

ただし、プログラムに施策の方向性が記されていることと、個々の支援制度が全国で実施済みであることは別です。
企業が制度を利用したり、人事制度へ反映したりする際には、対象地域での具体的な実施内容を改めて確認する必要があります。

タイはベトナムの先行事例になるのか

出生と高齢化の動き

同じASEANのタイでは、人口構造の変化がさらに進んでいます。
タイ国家統計局の2024年版統計年鑑に掲載された系列では、TFRは2019年の1.54、2022年の1.21、2023年の1.00となっています。
この系列の原資料はMahidol Population Gazetteです。
TFRは推計方法や使用する資料によって異なる値になるため、ここでの1.00をあらゆる統計に共通するタイの「確定値」として扱うべきではありません。

同じ統計年鑑の人口構成データでは、2023年の60歳以上人口は20.0%、15歳から59歳までの人口は64.4%です。
さらに、タイ国家統計局の2025年版年鑑によると、2024年の登録出生数は46万2,240人、登録死亡数は57万1,646人で、死亡数が出生数を上回りました。
出生数と死亡数の差だけで、移民を含む総人口の増減まで決まるわけではありません。
それでも、タイでは少子高齢化への対応がすでに現実の課題となっています。

人数だけでなく技能も問題になる

タイ国家経済社会開発評議会の2026年の会議資料では、国内で供給される高度人材が年間約5万8,000人である一方、産業界の需要は100万人を超えるとの説明がなされています。
ただし、公表された会議説明だけでは、需要の算定期間や「高度人材」の範囲を十分に確認できません。
毎年100万人の欠員が発生するという意味に読み替えるべきではなく、人材育成と産業需要の隔たりについての政策上の問題提起として扱うのが適切です。

この点から得られる示唆は、少子化対策だけで企業の人材問題が解決するわけではないということです。
人を育て、必要な仕事と技能を結びつける仕組みも重要になります。

ベトナムは「次のタイ」になるのか

タイトルの問いに対して、現時点で「必ずそうなる」と答えることはできません。
ベトナムの2024年のTFRは1.91であり、先に挙げたタイの2023年の1.00という推計値とは差があります。
年も推計系列も異なるため、この二つの数字から、両国が同じ速さで変化していると結論づけることもできません。

一方、ベトナム国家統計局の中位人口推計では、ベトナムの65歳以上人口の割合が2034年に14%、2050年に21.1%へ達すると見込まれています。
同じ中位推計では、2034年に60歳以上の人口が0歳から14歳までの人口を上回るとされています。
前者は65歳以上の人口割合、後者は60歳以上と子どもの人口との比較です。
年齢区分が異なる点には注意が必要です。

また、これらは出生・死亡・人口移動などに一定の仮定を置いた推計であって、将来の確定値ではありません。
ベトナムがタイと同じ経路をたどるかよりも、現在の人口構造を生かせる間に、教育と職業訓練、働き続けやすい環境、生産性の向上をどこまで進められるかが重要だと考えています。

マレーシア法人を経営する立場から

私はマレーシアで法人を経営しています。
そのため、ASEANの人口動態には、統計としての関心だけでなく、事業を続けるうえでの関心もあります。

例えば、事業計画で人員を増やすことを考えるとき、検討すべきなのは採用人数だけではありません。
必要な仕事を担える人材がいるか、育成にどれくらい時間がかかるか、採用後に働き続けてもらえるかも考える必要があります。
これは私の立場からの問題意識であり、特定の採用案件について経験していない事実を紹介するものではありません。

マレーシア統計局の公表値では、同国のTFRは2023年の1.7から、2024年には1.6へ低下しました。
同局の時系列資料では、2013年のTFRが2.0で、すでに人口置換水準を下回っています。

もちろん、出生率だけから現在の採用難や賃金水準を説明することはできません。
それでも、ASEANを一律に「若い労働力が増え続ける地域」と想定して長期の事業計画を立てることには、慎重であるべきだと思います。

日本企業が確認したい実務上のポイント

進出先を国単位だけで判断しない

ベトナムで工場や事業所の立地を考える際には、全国の人口だけでなく、対象地域の年齢構成、人口流入、学校や職業訓練の状況を確認したいところです。
すでに操業している企業であれば、採用にかかる期間、定着率、技能習得までの時間を継続的に見ていくことが有益と考えられます。
将来の出生率だけで、現在の人材供給を推測しないことが大切です。

採用と同時に定着を考える

必要な人材を毎回外部から採用できるとは限りません。
研修、昇進機会、働き方、育児と仕事の両立、復職支援などを、人材の定着という観点から点検する余地があります。
ただし、具体的な制度設計では、各国の労働法制や社会保険制度、事業所の実情を確認する必要があります。

労働投入だけに頼らない

長期的に働き手の増加が鈍る可能性を考えると、自動化や業務の標準化、従業員教育によって、1人当たりの生産性を高める視点も欠かせません。
これは製造業だけでなく、専門サービス業にも当てはまると思います。

私自身、マレーシア法人の経営においても、単に人数を増やすことと、組織として提供できる価値を高めることを分けて考えたいと思っています。

まとめ

ベトナムのTFRは2024年に過去最低の1.91となり、2025年には1.93へ小幅に上昇しました。
全国平均だけでなく、都市部と農村部の違いにも目を向ける必要があります。

タイでは出生数の減少と高齢化が先行していますが、ベトナムが必ず「次のタイ」になるわけではありません。
また、出生率の低下を、そのまま現在の人材不足と同一視することもできません。

それでも、マレーシアを含むASEANの複数の国で出生率が人口置換水準を下回っている以上、日本企業は「若い働き手が増え続ける」という前提を点検する必要があると考えます。
地域ごとの採用環境を見極め、人材を育て、定着させ、1人当たりの生産性を高めること。
ベトナムの出生率の変化は、そうした長期的な事業計画を考えるきっかけになると思います。

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