[コラム] インドネシアとマレーシアの森林炭素クレジットを比べる – 規則で動くインドネシアと政策で進むマレーシア

✅ ざっくり言うと
- 🌳 インドネシアは2026年に森林分野の炭素取引の大臣規則と炭素ユニット登録システムの大臣規則を定め、国外移転の手続と期間を条文で定めています。
- 🇲🇾 マレーシアは2026年4月に国家炭素市場政策(National Carbon Market Policy、NCMP)を公表しましたが、その法的な裏付けとなる国家気候変動法案は、2026年10月時点の報道では提出に向けた準備の段階にあります。
- 🗺️ マレーシアでは森林と土地が州の所管であり、サラワク州は独自の規則で炭素ライセンス、手数料及び相当調整との接続を定めています。
- 🔖 日本の排出量取引制度との関係では、インドネシアはJCM(二国間クレジット制度)のパートナー国であるのに対し、マレーシアは環境省が公表するパートナー国の一覧に含まれていない点が大きな違いと考えられます。
はじめに
今回は、インドネシアとマレーシアの森林炭素クレジットの制度を、国外への移転という観点から比べて説明していきます。
インドネシアの制度を日本の制度、特に二国間クレジット制度(Joint Crediting Mechanism、JCM)と比べた内容は、ボーダレス経営法律事務所のサイトのコラムで説明しています。
インドネシアは2026年4月に林業大臣規則2026年第6号を公布し、森林分野の炭素取引の手続を大きく見直しました。
一方、マレーシアも同じ2026年に国家炭素市場政策を公表し、パリ協定第6条に基づく国際的な取引への参加の枠組みを示しています。
隣り合う2つの国の制度は、どちらもパリ協定第6条を前提にしていますが、制度の作り方は大きく異なっており、どちらの国の案件に関わるかによって確認すべき点も変わると考えられます。
本稿では、インドネシアの規則の原文と、マレーシアの政策文書、ガイドライン及びサラワク州の規則を読み合わせて、両国の違いを整理します。
なお、本稿は両国の法令及び政策文書を日本の実務の視点から整理したものであり、個別の案件では各国の弁護士による確認が必要です。
インドネシアは大臣規則で手続と期間を定めている
インドネシアの制度は、大統領令と大臣規則という法令で組み立てられています。
上位法は、2025年10月10日に公布された大統領令2025年第110号です。
森林分野については、2026年4月13日に公布された林業大臣規則2026年第6号が、炭素取引の手続を定めています。
さらに、2026年7月6日に公布された環境大臣規則2026年第10号が、炭素ユニット登録システム(Sistem Registri Unit Karbon、SRUK)とオーソライゼーションの手続を定めています。
林業大臣規則によると、炭素ユニットには、国内の排出削減証明書(Sertifikat Pengurangan Emisi GRK、SPE GRK)と、Verraなどの国際的な基準で発行されるユニットの2つのルートがあります(第10条)。
他国のNDC(国が決定する貢献、Nationally Determined Contribution)に使うために国外へ移す場合は、林業大臣の推薦を経て、環境大臣からオーソライゼーションを受け、相当調整(Corresponding Adjustment。移転したユニットを自国のNDCの計算から差し引き、二重計上を防ぐ会計上の調整)を記録します(林業大臣規則第25条から第27条、環境大臣規則第17条及び第28条)。
インドネシアの制度の特徴は、期間が条文で定められている点です。
主な期間は次のとおりです。
| 段階 | 根拠 | 期間 |
|---|---|---|
| 国際的な基準のルートの林業大臣の承認の有効期間 | 林業大臣規則第24条第1項 | 6か月 |
| 相当調整の推薦(推薦する場合) | 林業大臣規則第26条第3項 | 申請の受理から7営業日以内 |
| 相当調整の推薦(推薦しない場合) | 林業大臣規則第26条第2項b号 | 定めなし |
| オーソライゼーション | 環境大臣規則第17条 | 推薦の受理から15営業日以内 |
また、林業大臣は、取引されるユニットの量とNDCの達成の必要性に基づいて審査し、推薦する量を絞り、又はNDCの達成の必要を理由に推薦しないことができます(林業大臣規則第26条第1項及び第2項)。
マレーシアは国家炭素市場政策で枠組みを示している
国家炭素市場政策の位置づけ
マレーシアでは、天然資源・環境持続可能性省(Ministry of Natural Resources and Environmental Sustainability、NRES)が国家炭素市場政策を公表しています。
国営通信社ベルナマの2026年10月8日の報道によると、NRESの大臣は、この政策が2026年4月に公表されたと述べています。
国家炭素市場政策は、マレーシアのクレジットの使い道として、NDCの達成、その他の国際的な緩和目的(Other International Mitigation Purposes、OIMP)、及び国内の規制での相殺の3つを挙げています(1.4)。
その他の国際的な緩和目的の例として、国際民間航空のカーボン・オフセット及び削減スキーム(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation、CORSIA)が挙げられています。
国外移転の手続はNRESが担う
国家炭素市場政策によると、NRESはパリ協定第6条の指定国家機関(Designated National Authority、DNA)として、オーソライゼーション、報告及び調整の詳細な仕組みを定める役割を担います(4.1.1.1)。
国外移転の手続は、パリ協定第6条第2項の協力的アプローチと、第6条第4項のパリ協定クレジットメカニズム(Paris Agreement Crediting Mechanism、PACM)の2つの経路に分けられています(2.3、4.1.1.2)。
附属書A7は、申請、登録、オーソライゼーション及び相当調整の各段階を、NRES又はNRESが指定する機関が行うとしています。
一方で、インドネシアの規則のような審査の期間は、国家炭素市場政策には書かれていません。
国家炭素市場政策は政策文書であり、個々の手続の期間及び要件は、今後の法令又は細則で定められることになると考えられます。
法的な裏付けとなる気候変動法案はまだ成立していない
国家炭素市場政策は、炭素市場の法的な裏付けとして国家気候変動法(Climate Change Act)を挙げ、その最終化、議会への提出及び制定を優先するとしています(5.1)。
国家気候変動法の下で、炭素市場に関する下位の法令を定める構想も示されています(5.1)。
前述のベルナマの2026年10月8日の報道では、NRESの大臣は、国家気候変動法案を「今後の(upcoming)」法案と述べており、この時点ではまだ成立していないことがうかがえます。
つまり、インドネシアでは大臣規則によって国外移転の手続がすでに動いているのに対し、マレーシアでは政策の枠組みが示され、法令の整備はこれからという段階にあると考えられます。
パリ協定第6条の協力の相手国はシンガポールと韓国
国家炭素市場政策は、執筆の時点で、マレーシアがパリ協定第6条第2項の協力について覚書を締結している相手国として、シンガポールと韓国を挙げています(4.1.1.3)。
日本は挙げられていません。
また、国家炭素市場政策は、国内の対策の費用を比較した限界削減費用曲線(Marginal Abatement Cost Curve)を示し、2030年の削減可能量約56MtCO2eのうち、費用が高い約17MtCO2e(約30%)を国際的な協力に適した対策と位置づけています(2.4、4.1.2)。
国際的な協力をこうした費用の高い対策に絞ることで、国外に移転する緩和成果が国内のNDCの達成を損なわないようにするとしています(4.1.2)。
インドネシアが個別の推薦の段階でNDCの必要に応じて量を絞る仕組みであるのに対し、マレーシアは政策の段階で国際的な協力の対象を絞り込む考え方をとっている点に違いがあります。
マレーシアの森林クレジットは州の所管が重い
国のクレジット制度は森林炭素オフセット
国家炭素市場政策によると、マレーシアの政府によるクレジット制度は、現時点では森林を対象とするものに限られており、森林炭素オフセット(Forest Carbon Offset、FCO)がその運用の仕組みとされています(2.5)。
FCOは、NRESの下の機関であるマレーシア森林基金(Malaysia Forest Fund、MFF)が開発しています(4.2 P2-AP4)。
MFFが公表しているFCOのガイドラインは、表紙に「Version 1.4 – Public Comment」と記載された意見募集の段階の版です。
この版から、インドネシアの制度と比べる際に参考になる点を挙げます。
- 登録の申請には、自由意思による事前の十分な情報に基づく同意(Free, Prior and Informed Consent、FPIC)の記録の提出が求められます(第8.3項(d))。
- パリ協定第6条の国際的な目的にクレジットを使う場合は、国家の枠組み(National Arrangement)に従う必要があります(第8.4項)。
- 登録の判断は、申請の受理から60営業日以内に行われるとされています(第12.1項)。
- クレジットの対象期間は30年以上とされています(第13項)。
- 同じ期間に他の基準で登録又は認証を求めた場合は、登録の取消しの理由になります(第18.1項(c))。
最後の点は、国内のルートと国際的な基準のルートを並べて定めるインドネシアの林業大臣規則と比べると、他の基準との二重の登録を明示的に排除している点で特徴的と考えられます。
ただし、意見募集の段階の版であるため、最終的な内容は確認が必要です。
森林と土地は州の所管
国家炭素市場政策は、森林と土地については州が管轄権を持つことを前提にしています(4.2 P2-AP4)。
そのため、国家炭素市場政策は、連邦と州の調整を、国家脱炭素委員会(Jawatankuasa Dekarbonisasi Kebangsaan、JDK)の下に設ける連邦・州の気候調整会議で行うとしています(5.2)。
インドネシアでは森林分野の炭素取引を中央の林業大臣が一元的に所管しているのに対し、マレーシアでは州の制度を確認する必要がある点が大きな違いです。
サラワク州は独自の規則を持つ
州の制度の例として、サラワク州は森林(森林炭素活動)規則2022年を定めており、2023年1月1日から施行されています(第1条)。
主な内容は次のとおりです。
- 森林炭素活動を行う者は、森林局長に炭素ライセンスを申請し、局長は州の大臣の承認を得て発行します(第13条、第14条)。
- ライセンスは、炭素の基準に照らした有効化を条件とし、ライセンスの期間はクレジットの対象期間を超えないものとされています(第14条第3項、第16条第1項)。
- ライセンスは譲渡できません(第20条)。
- 取引できるクレジットの量は、バッファーを差し引いたうえで局長が定め、ライセンスの条件に記載されます(第33条)。
- 国際的に取引されるクレジットについては、局長が州の省を通じて、マレーシア政府が相当調整を行うよう確保するとされています(第40条第2項)。
2025年の改正規則により、2025年3月1日から、取引されたクレジットの年間収入に対する森林生態系手数料は、永久林及び州有地では7%、譲渡された土地及び慣習的権利の土地では5%とされています。
インドネシアでは国の非税収入の料率が他の法令に委ねられているのに対し、サラワク州では州の規則で料率が明示されている点に違いがあります。
両国の比較
ここまでの内容を、国外への移転に関わる項目ごとにまとめます。
マレーシアの欄は、国の政策文書と州の規則が混在している点に注意が必要です。
| 項目 | インドネシア | マレーシア |
|---|---|---|
| 制度の形式 | 大統領令及び大臣規則 | 国家炭素市場政策。国家気候変動法案は未成立 |
| 森林の所管 | 中央の林業大臣 | 州(サラワク州は独自の規則) |
| オーソライゼーションの所管 | 環境大臣(林業大臣の推薦が前提) | NRES(指定国家機関) |
| 国内のクレジット制度 | 排出削減証明書(SPE GRK) | 森林炭素オフセット(FCO。ガイドラインは意見募集の段階の版) |
| 国際的な基準のクレジット | 林業大臣の承認(6か月有効)が必要 | FCOでは他の基準との二重の登録が取消しの理由になる |
| 審査の期間 | 推薦は7営業日、オーソライゼーションは15営業日など条文で規定 | 国家炭素市場政策には規定なし |
| 量の調整 | 林業大臣がNDCの必要に応じて推薦の量を絞ることができる | 国際的な協力を費用の高い対策に絞る方針。サラワク州は局長が取引可能な量を定める |
| 日本との関係 | JCMのパートナー国。2024年に相互承認取決めに署名 | JCMのパートナー国の一覧に含まれていない。6条の覚書の相手国はシンガポールと韓国 |
日本企業にとっての違い
日本企業がこれらの国の森林クレジットを購入する場面では、日本側の制度との関係も重要になります。
経済産業省の2026年度の説明会資料では、日本の排出量取引制度で排出実績量に反映できるクレジットとして、J-クレジットとJCMクレジットが挙げられています。
インドネシアは2013年8月26日にJCMの二国間文書に署名しており、2024年10月28日にはJCMとインドネシアの認証制度の相互承認取決めの署名も完了しています。
一方、環境省のJCMの説明によると、日本はJCMの二国間文書を32か国と署名していますが、同じページに掲載されている署名国の一覧にマレーシアは含まれていません。
そのため、マレーシアの森林クレジットを日本の排出量取引制度で使うことは、現時点では想定しにくいと考えられます。
マレーシアの森林クレジットに関わる日本企業にとっては、自主的な利用、CORSIAなどの他の国際的な目的での利用、又はマレーシア国内の制度での利用を前提に検討することになると思われます。
マレーシア国内の取引の場としては、Bursa Malaysiaの完全子会社が運営するBursa Carbon Exchangeがあり、オークション、継続取引及び市場外の取引の3つの方法でカーボンクレジットと再生可能エネルギー証書の取引を扱っています。
契約で手当てしたいこと
両国の制度の違いを踏まえると、売買契約で手当てしておきたい事項も変わってきます。
インドネシアの案件では、条文で定められた手続と期間を前提に、承認、推薦及びオーソライゼーションの取得を引渡しの前提条件とし、推薦の量が減った場合の価格調整と、推薦しない場合の期限を契約で補うことが中心になると考えられます。
マレーシアの案件では、制度そのものが整備の途中であることを前提に、次の点を契約で手当てすることが重要になると考えています。
- 法令の変更への対応。国家気候変動法及びその下位の法令が制定された場合に、追加の手続、費用又は量の制限が生じたときの負担と解除の条件を定めること
- 州の許認可の確認。サラワク州などの炭素ライセンスの取得とその条件、及びライセンスが譲渡できないことを前提にした取引の構成を確認すること
- 登録の重複の確認。FCOと国際的な基準の両方に登録していないことを売主に表明させること
- 利用目的の特定。自主的な利用、CORSIA又は他国のNDCのどれに使うのかを特定し、オーソライゼーションが必要な場合はその取得を前提条件とすること
まとめ
インドネシアは、大統領令と大臣規則によって、森林炭素クレジットの国外移転の手続と期間を条文で定めています。
推薦しない場合の期限がないなどの空白はありますが、どの段階で誰の判断が必要かは条文から読み取ることができます。
マレーシアは、2026年に国家炭素市場政策を公表し、NRESを指定国家機関とする国外移転の枠組みを示しましたが、その法的な裏付けとなる国家気候変動法はまだ成立していません。
また、森林は州の所管であり、サラワク州のように独自の規則で炭素ライセンス、取引可能な量及び手数料を定めている州もあります。
日本企業にとっては、インドネシアがJCMのパートナー国であるのに対し、マレーシアはそうではない点も大きな違いになると考えられます。
両国の案件に関わる際には、国の制度だけでなく、州の制度及び日本側の制度との関係まで確認したうえで、契約を組み立てる必要があると考えています。
※本稿は2026年10月20日時点で公表されているインドネシア、マレーシア及び日本の法令、政策文書及び資料に基づく一般的な整理です。マレーシアの国家気候変動法案及び森林炭素オフセットのガイドラインは整備の途中であり、各国の法令の解釈及び運用は、現地の弁護士及び関係当局に確認する必要があります。
