[コラム] 日本の水力発電技術は海外で通用するか – 発電所を「造る」から「長く使う」へ

✅ ざっくり言うと

目次

はじめに

今回は、日本の電力会社が培ってきた水力発電の技術や経験が、海外でどのような事業につながっているかについて説明していきます。

「日本の水力発電技術は高い」と耳にしたことがある方も多いのではないかと思います。
ただ、その「技術」が何を意味するのかを分けて考える必要があります。

水車や発電機を製造する技術と、発電所の適地を見つけ、建設し、河川や設備の状態を見ながら運転し、改修して長く使う技術は、担い手も事業の形も同じではありません。
本稿で主に取り上げるのは後者、すなわち電力会社が事業者として蓄積してきた知見です。

本稿で取り上げる資料からは、日本企業の技術力を世界で順位づけることはできません。
しかし、海外での新規開発既存設備の改修運転・保守への参画という具体例は確認できます。

「高い技術」の中身を分けて考える

設備の製造と、発電所の運営は別の仕事

水力発電所には、水車・発電機などの設備だけでなく、方式や立地によって取水設備、水路、ダム、送電設備などが関わります。
電力会社の事業上の強みを考える際には、個別の機器の性能だけでなく、これらを組み合わせて長期間運営する能力を見るべきだと思います。

たとえば、設備の経年劣化をどう把握するか、補修や更新をいつ行うか、水量の変動に応じてどう運転するか、現地の技術者にどう知見を引き継ぐかという問題があります。
これは一度設備を納入して終わる仕事とは性質が異なります。

J-POWERの海外コンサルティング事業を見ると、同社は調査、事業化可能性の検討、設計、建設監理、技術移転などを手がけています。
このことからも、海外展開には発電所を「造る」段階だけでなく、事業を成立させ、運営を支える段階が含まれることが分かります。

揚水発電は「発電」と「貯蔵」を分けて理解する

揚水発電は、電気を使って下部の貯水池から上部の貯水池へ水をくみ上げ、必要なときに水を落として発電する仕組みです。
したがって、揚水による発電量を、そのまま新たに生み出した再生可能エネルギーの量と理解するのは適切ではありません。
むしろ、電気を使う時間帯と取り出す時間帯をずらし、需給調整に役立てる機能が重要です。

IEAの「Renewables 2025」は、世界の揚水発電の年間新規導入量が2030年には16.5ギガワットに倍増するとの見通しを示しています。
これは予測であって確定した実績ではありませんが、変動する再エネ電源を支える設備への関心を示す材料にはなると思います。

日本の電力会社は海外で何をしているのか

フィリピン――古い設備を改修し、事業を継続する

J-POWERは、現地企業と住友商事との共同体で、フィリピンのCBK発電所群の民営化入札を落札しました。
共同体が設立した新会社は、2026年2月8日に発電所を譲り受け、運営を開始しています。

J-POWERと住友商事は、それ以前もCBK発電所を保有・運営していた会社の経営に参画していました。
従前のBROT契約(建設・改修・運転・譲渡契約)の満了と施設の譲渡を経て、民営化入札で新たな運営体制に移った形です。

ここで興味深いのは、単に発電所を新設したという話ではないことです。
同社は設備保守体制の構築や現地エンジニアの育成に関わってきたと説明しています。
古い設備を改修して使い続ける能力や、人材を含めた運営体制の構築が、海外事業の価値になりうる例だと考えられます。

ただし、これは「日本の技術だけで落札できた」ことを証明するものではありません。
公表資料から落札要因の内訳までは確認できないため、技術力と落札結果を直結させない方が慎重です。

インドネシア – 適地の発見から事業を組み立てる

他方、関西電力のラジャマンダラ水力プロジェクトは、新規開発の例です。
同社の説明によれば、上流の発電所からの放流水を活用する流れ込み式の発電所で、2019年5月に商業運転を開始しました。

関西電力は、案件発掘、開発権の取得、現地企業との事業会社設立、売電契約、建設、融資という経緯も公表しています。
施設の建設・運営後、契約期間の終了時に施設を移転するBOT(Build-Operate-Transfer)方式であることも明記されています。

発電に適した地点を見つける技術的判断が出発点でも、それを事業にするには開発権、売電先、資金、許認可、出口までつなげなければなりません。
技術と契約が一体になって、初めて海外展開になることがよく分かる案件だと思います。

ベトナム – 既存の発電所の価値を高める

さらに、東京電力リニューアブルパワーの海外水力事業では、既存の発電事業者への出資と、運転・保守の改善が中心に据えられています。
同社はベトナムの水力発電事業者への出資を公表し、日本国内で培ったO&M(Operation and Maintenance、運転・保守)の技術を基に、既存発電所の価値向上と新規開発支援を目指すとしています。

ここでいう「価値向上」は、設備を買えば自動的に達成されるものではありません。
実際の発電量、停止時間、維持管理費、追加投資の必要性などを見極め、改善の成果を確かめる必要があると考えられます。
なお、同社が示しているのは事業方針であり、個々の改善成果を本稿で確認したわけではありません。

海外水力事業で、法務はどこに関わるのか

事業権と売電収入を、時間軸で読む

水力発電所は、建設後も長期間使われる設備です。
そのため、案件を検討する際には「今、投資できるか」だけでなく、事業権や河川利用などの許可がいつまで続くか、契約終了時に設備を誰へ渡すのか、その時点までにどの程度の改修が必要になるかを確認することが重要です。

フィリピンのCBK案件では、従前の契約満了と施設譲渡の後、民営化入札を通じて新たな体制で運営が始まりました
インドネシアのラジャマンダラ案件は、売電期間終了後の施設移転を予定するBOT方式です。
両者の契約内容は同じではありませんが、いずれも「長く運営する設備」と「期限のある事業上の権利」をどう接続するかという問いを示しています。

売電収入についても、電力量だけを見れば足りるわけではありません。
料金の決まり方、支払主体の信用、発電量が想定を下回った場合の負担、需給調整に対する対価の有無などを、案件ごとに確認する必要があります。
とりわけ揚水発電は、系統にとっての価値があっても、それが事業者の収入になる仕組みがなければ投資判断は難しくなります

既存設備への出資では、見えにくい負担を調べる

既存の発電所や事業会社へ出資する場合、過去の運転実績は重要な判断材料です。
一方で、将来の大規模修繕、ダム・水路の安全対策、許認可の更新、過去の環境・社会面の課題が、投資後に表面化する可能性もあります。

買収前の調査、いわゆるデューデリジェンスでは、発電量や収支の資料だけでなく、設備の状態、故障・事故の履歴、許認可、用地・水利用の権利、地域住民との合意や苦情対応の記録まで見ることが望ましいと考えます。
その上で、追加投資を誰が決め、誰が負担するのかを、共同出資者との契約に落とし込む必要があります。

技術者の「改修すれば良くなる」という見立てを、事業者間で共有できる投資計画と責任分担に変える作業です。
私は、この技術的な見立てと契約上の責任分担を結びつける作業が大切だと考えています。

低炭素であることと、ESG上適切であることは同じではない

水力発電は低炭素電源として期待されますが、それだけで個別案件の環境・社会面の課題が解消されるわけではありません。
世界銀行グループは、水力事業で検討すべき事項として、住民移転、生物多様性、労働環境、地域の安全、ダムの安全性などを挙げています。
渇水や洪水を想定した気候リスク評価、地域社会との継続的な対話にも言及しています。

これは、どの日本企業の案件にも問題があるという意味ではありません。
むしろ、海外展開を「グリーンな発電所への投資」という一言で済ませず、案件固有の影響と対応策を丁寧に調べる必要がある、ということです。
新設案件と既存設備への出資では確認の重点も変わると思われます。

まとめ

日本の電力会社の水力発電技術が海外で生かされているか、という問いには、実際の案件に照らせば「生かされている」と答えられると思います。
ただし、その強みを水車の性能や建設技術だけに還元するのは正確ではありません。

適地を探し、事業を組み立て、古い設備を改修し、人材を育て、長く安定的に運営することも、海外へ持ち込める知見です。
一方で、技術の高さだけで事業の成功は保証されません。

事業権の期限、売電収入、設備更新の負担、地域社会・環境への影響を、長い時間軸で引き受けられるか。
日本の水力発電の海外展開は、技術輸出の話であると同時に、そうした事業設計の話でもあると考えています。

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