[コラム] 汚職のある国でも経済は成長するのか – フィリピンから考える成長の質

✅ ざっくり言うと

・📈 汚職が存在する国でも、人口増加、都市化、外国投資などによって経済が成長することはあります。
・💰 しかし、汚職は企業の負担を増やし、公共投資の優先順位と質をゆがめ、実現できたはずの成長を失わせます。
・🏗️ フィリピンでは、2025年に治水・インフラ事業をめぐる不正疑惑が大きな問題となり、投資や財政運営への影響も指摘されています。フィリピン財務省の2026年財政リスク報告書でも、調査に伴う公共投資への影響が整理されています。
・🔍 成長率だけでなく、誰が利益を得て、誰が費用とリスクを負担しているのかを見る必要があります。

目次

はじめに

今回は、フィリピンを一つの出発点として、汚職と経済成長の関係について説明していきます。

フィリピン経済については、若い人口や英語を使える人材、海外就労者からの送金、サービス産業の成長など、将来性を評価する声があります。
実際、フィリピン統計庁によれば、実質国内総生産は2024年に5.7%、2025年に4.4%成長しました。フィリピン統計庁が公表した国民経済計算で確認できます。
2025年の実質国内総生産は前年比4.4%増であり、減速したものの、経済が成長を続けていること自体は間違いありません。

一方で、経済全体が成長していることと、その成果が国民生活の改善や競争力のある産業の育成につながっていることは、同じではありません。
道路や治水施設に多額の予算が付いていても、実際には存在しない事業や品質の低い工事が含まれていれば、帳簿上の支出と社会が受け取る価値は一致しません。
外国企業が進出しても、許認可や公共調達をめぐって不透明な支払が求められるのであれば、本来投資に使われる資金が失われます。

汚職は、目の前にあるお金を奪うだけの問題ではありません。
どの事業が選ばれ、どの企業が成長し、誰が成長の利益を受け取るかをゆがめる問題です。

汚職とは何を指すのか

世界銀行は、汚職を公的な地位を私的利益のために濫用することとして整理しています。世界銀行の汚職と経済開発に関する報告では、賄賂だけでなく、縁故主義、国家資産の窃取、公金の流用なども取り上げられています。

一般に「汚職」という言葉からは、政治家や公務員が現金を受け取る場面が想像されます。
しかし、経済への影響を考えるときは、より広い行為を見る必要があります。
・許認可を得るための賄賂
・公共工事の水増し発注
・実際には工事が行われていない架空事業
・政治家、官僚、企業間の癒着
・親族や支援者を優遇する縁故主義
・公有地や国有企業の資産を利用した不当な利益供与

これらは、すべて同じ方法で経済を傷つけるわけではありません。
企業活動に直接負担を課す汚職もあれば、国家予算の配分を長期間にわたってゆがめる汚職もあります。

したがって、ある国について「汚職が多い」と評価するだけでは足りず、誰が、どの権限を利用し、どのような利益を得ているのかを具体的に見る必要があります。

汚職は経済成長をどのように妨げるのか

企業にとって予測できない追加コストになる

賄賂は、企業にとって一種の追加コストになります。
しかし、通常の税金とは異なり、金額も支払時期も明確ではありません。
一度支払えば手続が完了するという保証もありません。

国際通貨基金は、賄賂が投資に対する特に有害な税金のように作用し、投資意欲を低下させると説明しています。国際通貨基金の汚職と投資に関する解説でも、汚職と投資及び経済成長の間に負の関係が認められるとされています。

外国企業にとっては、現地で支払った金銭が進出先の慣行として許容されていても、自国の外国公務員贈賄規制に違反する可能性があります。
そのため、汚職リスクの高い市場では、法令違反の危険だけでなく、調査、契約管理、従業員教育などの費用も増えると考えられます。

公正な競争を失わせる

汚職が広がると、優れた技術や価格を提示した企業ではなく、権力者と強い関係を持つ企業が選ばれる可能性が高まります。
企業側も、製品開発や人材育成より、政治家や官僚との関係構築に資金を使うようになります。

経済学では、このように新しい価値を生み出すのではなく、既存の制度や権限から利益を得ようとする行動をレントシーキングと呼びます。
人材と資金が生産活動からレントシーキングへ移れば、国内総生産の数字に直ちに表れなくても、長期的な生産性は低下すると考えられます。

公共投資の優先順位をゆがめる

汚職がある政府では、国民にとって最も必要な事業ではなく、関係者が利益を得やすい事業が選ばれる可能性があります。

学校の修繕や既存道路の維持管理より、新しい大型施設の方が、契約金額が大きく、発注や下請を通じて利益を配分しやすい場合があります。
その結果、公共投資額は増えているのに、生活に必要なインフラの質は改善しないという現象が生じます。

国際通貨基金の研究は、汚職が公共投資を増加させる一方、その生産性を低下させ、政府収入、維持管理費及びインフラの質にも悪影響を与える経路を指摘しています。国際通貨基金の「Corruption, Public Investment, and Growth」で詳しく説明されています。

政府に対する信頼を弱める

国民が、税金を払っても一部が流用されると考えるようになれば、納税への協力を得にくくなります。
公共工事の価格や必要性が信用されなければ、本当に必要な増税やインフラ投資についても支持を得にくくなります。
汚職は個別事業の損失にとどまらず、政府が将来の政策を実行する能力まで弱めると考えられます。

それでも汚職のある国が成長する理由

ここで注意したいのは、汚職が存在すれば経済成長が直ちに止まるわけではないことです。

人口が増え、都市化が進み、外国企業が工場やサービス拠点を設ければ、汚職を抱える国でも国内総生産は増加します。
天然資源価格の上昇や、海外で働く国民からの送金が経済を支えることもあります。
また、一定の産業や地域だけが国際市場と結び付き、行政全体の問題とは別に成長する場合もあります。
このため、短期間の成長率だけを比較して、汚職が経済に影響していないと結論付けることはできません。

汚職による損失は、実際の成長率と、本来実現できたはずの成長率との差として現れることがあります。
仮に国内総生産が5%増えていても、制度が公正であれば、より多くの投資と雇用が実現していた可能性があります。
ただし、この失われた成長を正確に測定することは簡単ではありません。
汚職が成長を妨げる一方で、所得の低さや行政能力の弱さが汚職を生み出すという逆方向の関係もあるためです。

したがって、汚職と低成長の相関関係だけから、個別の国の因果関係を断定することは避ける必要があります。

フィリピンから考える成長の質

成長の可能性は大きい

国際通貨基金は、フィリピンについて、大きな人口構成上の成長余地と豊富な天然資源を有すると評価しています。

同時に、インフラ格差の縮小、外国直接投資の促進、ガバナンス及び法の支配の強化が、持続可能で包摂的な成長に重要であると指摘しています。国際通貨基金による2025年のフィリピン4条協議に示されています。
これは、フィリピン経済を悲観的に評価するものではありません。
むしろ、成長する条件を持っているからこそ、その潜在力を妨げる制度上の問題が重要になります。

治水事業の問題が示したもの

フィリピンでは2025年、治水事業を含む公共インフラについて、架空又は品質に問題がある事業などの疑惑が大きな社会問題になりました。フィリピン大統領府の発表でも、過去10年間の治水・インフラ事業における不正や公金流用の疑惑が広範な調査対象とされています。

同年9月には、過去10年間の治水・インフラ事業における不正を調査するため、Independent Commission for Infrastructure、すなわち独立インフラ委員会が設置されました。フィリピン大統領府による委員会発足の発表で、その調査対象と目的が説明されています。
もっとも、調査対象になった事業のすべてについて汚職が確定したわけではありません。
個人や企業の法的責任は、証拠と所定の手続に基づいて判断される必要があります。
それでも、この問題は、汚職と経済成長の関係を具体的に考える材料になります。

治水施設は、完成すれば見栄えのするだけの施設ではありません。
台風や豪雨から住民の生命、住宅、事業設備及び物流網を守るための基盤です。
工事が実在しない、又は必要な品質を満たさなければ、国民は公金の損失と災害被害という二重の負担を負うことになります。
フィリピン財務省の2026年財政リスク報告書も、治水事業をめぐる調査によって支払審査や公共投資が停滞し、インフラ支出目標に対する中長期的なリスクが生じると整理しています。フィリピン財務省のFiscal Risks Statementで確認できます。

ここには、汚職が経済を傷つける二つの経路があります。
一つは、不正な工事によって公金とインフラの機能が失われることです。
もう一つは、不正が発覚した後に審査や支出が止まり、適正な事業まで遅れることです。
防止措置が弱ければ不正が広がり、問題発覚後に一斉停止すれば経済活動が冷え込むという難しさがあります。

必要なのは、公共投資をやめることではなく、調達情報の公開、実質的所有者の確認、現場の進捗確認及び独立した監査を平時から機能させることだと考えられます。

フィリピンの問題を汚職だけで説明しない

フィリピン経済の課題には、世界経済の減速、貿易政策の不確実性、自然災害、産業構造、食料価格及び地域間格差など、さまざまな要因があります。
2025年の成長率低下も、汚職だけが原因ではありません。
国際通貨基金は、外部の貿易環境に加え、固定資本形成と個人消費の減速、気候災害など複数の下振れ要因を挙げています。国際通貨基金によるフィリピン経済の評価でも、原因は複合的に整理されています。

汚職は、フィリピンの経済問題をすべて説明する唯一の原因ではありません。
既に存在するインフラ不足、災害リスク及び所得格差を深刻化させ、政府による改善を難しくする要因の一つと見るのが適切だと思います。

ASEANの別の事例として見るインドネシア高速鉄道

汚職と大型インフラの関係を考えるうえでは、インドネシアのジャカルタ・バンドン高速鉄道も参考になります。

この事業では、日本と中国の提案が比較され、最終的に中国との事業が選ばれました。
インドネシア政府は当時、日本案には政府保証や用地取得への国家予算の使用が必要であったのに対し、中国案は国家予算と政府保証を求めない企業間取引方式であったことを選定理由として説明しました。インドネシア国家官房による選定経緯の説明で確認できます。

その後、事業費の超過を受け、政府は国有鉄道会社への出資や支援を行う制度へ変更しました。
インドネシア会計検査院は、資金調達方式の変更により、政府が国有鉄道会社へ4.3兆ルピアを出資する義務が生じたと報告しています。インドネシア会計検査院の2021年中央政府財務報告に対する監査結果に記載されています。

さらに、インドネシア汚職撲滅委員会は、同事業をめぐる汚職疑惑について予備調査を続けています。
ただし、2026年5月時点でも予備調査段階であり、汚職の存在や関係者の責任が認定されたわけではありません。インドネシア国営通信ANTARAによる調査状況の報道でも、その点が明示されています。

この事例から直ちに、日本から中国への変更が汚職によるものだったと結論付けることはできません。
また、費用超過が発生したという事実だけで、不正な水増しがあったともいえません。
地質条件、用地取得、設計変更、工期の遅延など、適法な事業でも費用が増える要因はあります。
一方で、政府負担を生じさせないことが重要な選定理由であった以上、その前提がなぜ崩れ、誰が追加負担を引き受けたのかは検証されるべきだと考えています。

この問題は中国案件に限りません。
日本、欧米又は現地企業が受注する場合でも、契約変更とリスク分担が不透明であれば、同じ問題が起こり得ます。

成長率だけでは見えないもの

国内総生産は、国内で生産された財やサービスの付加価値を測る重要な指標です。
しかし、その数字だけでは、成長の利益が誰に分配されたのかは分かりません。
大型公共事業への支出は、建設中には国内総生産を押し上げる可能性があります。

それでも、利用者が少なく、維持費が高く、債務返済を国民が長期間負担するのであれば、社会全体にとって成功した投資とは限りません。
成長の質を見るためには、少なくとも次の点を確認する必要があります。
・公共事業が実際に完成し、必要な品質を備えているか
・費用超過が生じた場合に誰が負担する契約になっているか
・利用者数や経済効果の予測が現実的だったか
・事業者の選定と契約変更が公開されているか
・中小企業や外国企業にも公正な参入機会があるか
・利益が一部の企業や政治家だけに集中していないか
・債務や維持費が将来世代へ先送りされていないか

世界銀行のWorldwide Governance Indicatorsは、政府の有効性、規制の質、法の支配、汚職の統制などを統治の異なる側面として整理しています。世界銀行のWorldwide Governance Indicatorsが示すように、汚職だけでなく、行政が政策を設計して実行する能力も成長に関係します。

単に摘発件数を増やすだけでなく、そもそも不正が起こりにくく、適正な事業が滞らない制度を整えることが重要です。

日本企業がASEANで確認すべきこと

私はASEANに関連する業務に携わる中で、汚職リスクを特定国の文化の問題として捉えるべきではないと考えています。

問題は、特定の国民性ではなく、権限、利益及び監督の仕組みにあります。
日本企業が現地へ進出する場合、自社が直接公務員へ金銭を支払わなくても、代理人、コンサルタント、共同事業者又は下請企業を通じて問題が生じる可能性があります。

実務上は、次のような点を確認する必要があります。
・代理人やコンサルタントを起用する合理的な理由があるか
・報酬額と提供される業務が釣り合っているか
・成功報酬の支払条件が明確になっているか
・相手方の実質的所有者や政府関係者との関係を確認したか
・許認可や公共調達に関する連絡と支払を記録しているか
・契約書に贈収賄防止、監査及び解除に関する条項があるか
・従業員が不適切な要求を受けた場合の相談窓口があるか

贈収賄防止の規程を作るだけでは十分ではありません。
現地で実際に行われる支払、紹介、接待及び政府機関との接点を把握し、後から第三者へ説明できる記録を残す必要があります。

まとめ

汚職のある国でも、経済は成長します。

人口増加、都市化、外国投資、資源輸出、海外からの送金などが、汚職による損失を上回ることがあるためです。
しかし、成長しているという事実は、汚職に経済的な害がないことを意味しません。

汚職は、企業の負担を増やし、公正な競争を損ない、公共投資の優先順位と品質をゆがめます。
その影響は、成長を直ちに止めるというより、本来実現できた成長を失わせ、成長の利益を一部へ集中させる形で現れると考えられます。

フィリピンは、大きな成長可能性を持つ一方、治水・インフラ事業をめぐる問題を通じて、公共投資の量だけでなく質と透明性が重要であることを示しています。
もっとも、フィリピンの経済課題を汚職だけで説明することも、調査中の疑惑を確定した事実として扱うことも適切ではありません。

重要なのは、確認された事実と疑惑を分けたうえで、意思決定、契約、支払及び負担の流れを検証することです。
国が豊かになったかどうかは、完成した道路や鉄道の数だけでは判断できません。
誰が利益を得て、誰が費用を支払い、その事業が将来にわたって社会へ価値を生み出すのかを見る必要があります。

汚職を考えることは、政治家や官僚の倫理だけを論じることではありません。
限られた資金と人材を、本当に社会に必要な場所へ配分できる国であるかを考えることだと思います。

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