[コラム] AIブームでマレーシアの電気代は上がるのか データセンター急増の裏で始まった「グリーン電力争奪戦」の実務

✅ ざっくり言うと

  • 🏭 シンガポールの規制を逃れたメガテック企業がジョホール州やクランバレーに殺到し、マレーシアのデータセンター(DC)電力需要は2035年に5GW超へ膨らむと予測されています
  • ⚡ 国家電力会社TNBは送電網に巨額投資を進めていますが、AIサーバーの電力・冷却需要の伸びがそれを上回り、ガス火力への依存が長引くという「グリーンのジレンマ」に直面しています
  • 🌱 DC事業者はCGPP・CRESS・グリーンレーンという3つの実務スキームを使い、マレーシア国内でグリーン電力の「自力調達」を急いでいます
  • 🛡️ 再生可能エネルギーの調達と超効率化は、もはやCSRではなく「マレーシアで操業を続けるための事業継続コスト(防衛費用)」になりつつあると考えています

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目次

はじめに

今回は、マレーシアで急増するAIデータセンターと、その裏側で激しさを増している「グリーン電力の争奪戦」について説明していきます。

ジョホール州やクアラルンプール近郊のクランバレーでは、いま空前のデータセンター(Data Center、以下「DC」)建設ラッシュが起きています。
隣国シンガポールの厳しい土地・電力規制を避けるかたちで、メガテック企業がこぞってマレーシアに拠点を移しているためです。
歓迎すべき投資の「光」である一方で、莫大な電力と冷却用の水をどこから調達するのかという、インフラの「影」も急速に深刻化しています。

私は再生可能エネルギー分野に関し、日本方弁護士として、また現地法人の経営者としてマレーシアの電力制度を実務で追っていますが、ここ1〜2年でこの分野のルールは大きく動きました。
本稿では、需給の現実を確認したうえで、DC事業者がグリーン電力を確保するための具体的な制度と、その背後にある「社会的許認可」の問題を整理してみたいと思います。

なぜマレーシアにDCが集まるのか — 「シンガポールの影」という出発点

そもそもこの動きの出発点には、シンガポールの規制があります。
シンガポールは資源消費への懸念から2019年に新規データセンターの建設を一時凍結し、2022年に条件付きで解除した後も「選別的」な姿勢を維持しています。
狭い国土と限られた電力のなかで、無制限のDC増設を許容できなかったためです。

その結果、行き場を失った需要の受け皿となったのがマレーシア、とりわけジョホール州でした。
マレーシア政府によれば、2021年から2025年6月までに143件のDCプロジェクトが承認され、その投資額は約1,444億リンギットに上ります
2025年1月にはジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)も正式に設けられ、両国をまたぐDC集積はさらに加速しています。
ASEAN域内で「規制の差」が投資フローを動かしている典型例だと考えられます。

問題は、これほどの「電力」と冷却用の「水」を一体どこから調達するのか、そしてそのコストを誰が負担するのか、という点です。
もしAI企業が国のインフラを使い尽くせば、一般家庭や他産業に電気代高騰という形で「しわ寄せ」が来るのではないか、という懸念が現実味を帯びています。

限界に近づく国家グリッド(送電網)

衝撃的な需要予測

電力需要の伸びは、もはや一過性のものとは言えない水準に達しています。
マレーシアのエネルギー委員会などによれば、半島マレーシアの最大電力需要は1990年の3.4GWから2024年には20GWへと拡大しました

そこにDC需要が上乗せされます。
TNB(Tenaga Nasional Berhad、国家電力会社)の予測としてケナンガ・リサーチが引用した数字によれば、2035年までにマレーシアのDCは5GW超を消費し、これは国全体の発電容量の約20%に相当します
国際エネルギー機関(International Energy Agency、IEA)も、世界のDC電力需要が今後5年で倍増するなかで、マレーシアでは電力需要の伸びの最大5分の1をDCが占めうると指摘しています
さらに長期では、政府機関PETRAがDCの電力需要は2030年に12.9GW、2045年に21GWへ達しうると見込んでいます

もっとも、足元の実需と「申請ベースの需要」には大きな開きがあります。
2025年11月に当時の投資貿易産業副大臣が議会で示したエネルギー委員会のデータによれば、2025年6月時点でDCの実消費は603MWにとどまり、これは申告された最大需要1,276MWの約47%にすぎません
投機的な申請や「座礁資産(stranded assets)」化への懸念から、政府はDCに対し申告需要の85%まで稼働率を高めるよう求めていると報じられています。
送電網は「いま使う量」ではなく「将来使うと宣言された量」を前提に計画せざるを得ないため、この乖離が計画の難しさを生んでいると考えられます。

TNBの「グリーンのジレンマ」

供給側のTNBも手をこまねいているわけではありません。
報道によれば、TNBは2025年から2027年にかけて送電網の強化に約450億リンギットを投じる計画です
それでも、AIサーバーの発熱を抑えるための電力・冷却需要の伸びが投資のペースを上回りかねない状況にあります。

ここに「グリーンのジレンマ」が生じます。
短期的な電力不足を補うために、結局はガス火力発電への依存を長引かせざるを得ないという批判です。
マレーシアの電力供給計画でも、石炭火力の段階的廃止を補う形で、2030年代にかけて新たなガス火力の増設が想定されています
クリーンな成長を掲げながら化石燃料への依存が残るという構図は、再エネ移行を進める多くの国に共通する悩みでもあると思われます。

「社会的許認可」というもう一つの許可

ここで強調しておきたいのは、DC事業者が向き合うべきものが、土地や電力という「法的な許可」だけではなくなっている、という点です。

「お金を払って土地と電気を買えばよい」という時代は、すでに終わりつつあると考えています。
地域住民や他産業から「我々の生活インフラを奪い、電気代を上げる存在」と見なされれば、政府も電力割当の制限やペナルティといった厳しい規制に踏み切らざるを得ません。
これは社会的許認可(Social License to Operate)と呼ばれる考え方で、法令上の許可とは別に、事業を続けるために社会から黙示的に与えられる「容認」を指します。

実際、マレーシア政府はコスト負担の問題に正面から手を打ち始めています。
2025年12月、当時のエネルギー移行・水利転換副大臣は、DCを支えるための電力・水のインフラ増強費用は開発事業者が全額負担し、消費者、とりわけ家庭利用者に追加負担を生じさせないと上院で明言しました
新たな料金体系では「受益者負担(user pays)」の原則が導入され、DC事業者には送電網強化の追加費用を負担させるとともに、高圧・超高圧で運用するDC向けに専用の超高圧(Ultra High Voltage、UHV)料金区分も設けられました。

つまり、グリーン電力の確保や効率化は、住民や他産業からの批判をかわし、操業の「社会的許認可」を維持するための条件にもなりつつあるということです。

グリーン電力を「自力調達」する3つの実務スキーム

地域社会の批判をかわし、同時にグローバル本社が掲げるScope 2(事業者が購入する電力等に由来する間接排出量)の削減目標を達成するため、DC事業者はマレーシア国内でのグリーン電力の「囲い込み」に奔走しています。その手段となるのが、次の3つの制度です。

CGPP(Corporate Green Power Programme、企業グリーン電力プログラム)

CGPPは、企業(オフテイカー)が太陽光発電事業者と仮想電力購入契約(Virtual Power Purchase Agreement、VPPA)を結ぶ仕組みです。
物理的な電力の引き渡しを伴わず、再エネの環境価値を企業が買い取る点に特徴があります。2022年に総枠800MW(1事業者あたりの上限は30MW)で開始されました
後述のCRESSは、この枠が埋まったCGPPを拡張・自由化する後継制度として導入されたものです。

代表的な事例が、Googleの調達です。TotalEnergiesは2025年12月、ケダ州のCitra Energies太陽光発電所から年間1TWh(約20MWに相当)の認証付き再エネをGoogleに供給する21年間の電力購入契約(PPA)を締結したと発表しました
この案件はCGPPの枠組みで、2023年8月にTotalEnergies(49%)と現地パートナーMK Land(51%)に落札されたものです。

さらにGoogleは、日本のShizen Energyが主導するコンソーシアムが手がけるケダ州グルンの約30MW(29.99MW)太陽光発電所からも、長期で電力を購入する契約を結んでいます
こちらもCGPPの下で開発され、商業運転は2027年が予定されています。1社が複数の太陽光案件を押さえに動いている点に、争奪戦の激しさが表れていると考えられます。

CRESS(Corporate Renewable Energy Supply Scheme、企業再エネ供給スキーム)

CGPPの後継として登場したのがCRESSです。
マレーシアのエネルギー・天然資源省は2024年9月20日にCRESSを開始し、TNBの送電網を介して企業が再エネ事業者から直接グリーン電力を売買できる第三者アクセス(Third-Party Access)方式を導入しました
利用者は送電網を使う対価として「システムアクセス料金(system access charge)」を支払います。
この料金は、蓄電池を備えた安定供給型で1kWhあたり25セン、変動の大きい非安定型で45センに設定されています

燃料価格の変動リスクを嫌うDC事業者がこの制度に殺到しており、TNBとの間で大型契約が相次いでいます。
たとえばDC事業者のDayOneは、CRESS下で最大500MWの再エネをTNBから確保する契約を締結したと報じられています
価格の固定性と直接調達という性質が、長期運用を前提とするDCの事業計画と相性が良いためだと思われます。

グリーンレーン経路(Green Lane Pathway)

3つ目は、TNBがDC向けに提供する電力供給のファストトラックです。
TNBのグリーンレーン経路では、通常36〜48カ月かかる系統接続を約12カ月へと約3倍速で短縮し、ワンストップ窓口を通じてDCの立ち上げを支援します
スピードが競争力を左右するDC事業にとって、接続の早さは大きな価値を持ちます。

もっとも、こうした優遇を受ける前提として高度なエネルギー効率化が求められる傾向にあり、ここで次の論点につながります。

「買う」だけでは足りない — 超効率化(PUE)という防衛戦

グリーン電力を確保しても、それだけでは十分とは言えません。同時に問われるのが、サーバーをいかに少ない電力で動かし冷やすか、という効率化です。

その指標がPUE(Power Usage Effectiveness、電力使用効率)です。
DC全体の消費電力をIT機器の消費電力で割った値で、1.0に近いほど無駄が少ないことを意味します。
冷却の負担は決して小さくなく、米電力研究所(EPRI)の報告では冷却システムがDCの総エネルギー使用の30〜40%を占めるとされています

この点で、マレーシアの高温多湿な気候は大きなハンディキャップになります。
気温が年間を通じて高く湿度も極めて高いため、従来型の空調や蒸発冷却の効率が落ちやすいのです。
現地報道によれば、マレーシアの一般的なDCのPUEは1.4〜1.8程度ですが、液冷を導入した新設DCは1.2前後を目標に掲げています
空冷(Air Cooling)から、より効率の高い液冷(Liquid Cooling)への移行が、新規DCにとって事実上の前提条件になりつつあると考えられます。
マレーシアの計画指針でもPUEなどの効率基準やTNBとの早期協議が強調されており、効率化は「推奨」から「要件」へと位置づけが移りつつあると思われます。

まとめ

ここまで見てきたように、マレーシアにおけるグリーン電力の調達と超効率化は、もはや企業の社会的責任(CSR)をアピールするための取り組みではなくなりつつあります。
それは、住民や他産業との摩擦を避け、政府の規制強化やペナルティを回避しながらマレーシアで操業を続けるための「事業継続コスト」、いわば防衛費用へと性格を変えていると考えています。

「お金を払って電気を買う」だけの時代は終わりました。
今後は、グリーン電力を自前で確保できず、効率化にも踏み込めない企業は、マレーシア市場から事実上締め出されるか、高騰する系統強化コストや料金を払い続けることになると考えられます。
CGPP・CRESS・グリーンレーンといった制度をどう組み合わせ、どの段階で誰がコストを負担するのかを設計することは、すでに法務・契約実務の中心的なテーマになっています。

ASEANのなかでも制度設計のスピードが速いマレーシアの動きは、域内の他国にとっても参考になる先行事例だと思われます。
進出やDC投資を検討される企業にとって、本稿が制度全体を俯瞰する一助になれば幸いです。

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