[コラム] 私立教育の30%要件撤廃は「規制緩和の始まり」なのか – 業界別に見るマレーシアのブミプトラ政策

✅ ざっくり言うと
- 📚 マレーシア教育省は、私立教育機関に課していたブミプトラによる30%出資要件を撤廃すると発表しました。
- ⚠️ ただし、教育省は決定がMITIとの協議を経たものだと述べ、MITIは翌日、把握していないと説明しました。改訂ガイドラインと免許更新実務は、まだ確定したとは言い切れません。
- 🧭 これはブミプトラ政策全体の後退を意味するものではありません。政府調達、石油・ガス、自動車輸入、不動産などでは、別の形でブミプトラ参加を確保する方向が続くと考えられます。
- 🔍 検討にあたっては、株主構成だけでなく、許認可、取引資格、棚に並ぶ商品の構成、州の販売枠を切り分けて確認する必要があります。
はじめに
今回は、マレーシアの私立教育機関に課されていた30%要件の撤廃を出発点に、業界ごとに姿を変えるブミプトラ政策の全体像について説明していきます。
今回の報道を目にしたとき、私がまず気になったのは、一つの分野で要件が変わったことを制度全体の変化と受け取ってよいのか、という点でした。
そこで、他の業界の現在の扱いを改めて調べ直しました。
マレーシア教育省は2026年9月21日、同省所管の私立教育機関について、非公開有限責任会社に求めていたブミプトラによる最低30%の株式保有要件を撤廃すると発表しました。
発表は対象を私立教育機関(IPS)としており、種類を列挙していません。
報道では学習塾(tuition centre)が中心に取り上げられています。
この要件は2006年の政策文書に記載されていたものです。
The Starの報道によれば、要件を満たせない学習塾等が2027年以降に営業免許を更新できなくなるのではないかという懸念が、近年生じていました。
Bernamaが伝える教育省の発表によれば、今回の調整は、現在の教育ニーズに対応し、教育分野への参加を広く開放するためのものだとされています。
同じ発表は、この決定がMITIとの協議を経たものであるとも述べています。
ところが、その翌日に出たBernamaによるMITIの説明では、投資貿易産業省(MITI)はこの調整について把握しておらず、ブミプトラ持分政策は経済省の所管であるとされました。
協議を経たとする説明と、把握していないとする説明は、そのままでは両立しません。
しかも、Bernamaによる9月20日の報道によれば、教育省は発表の前日に、学習塾の所有構造の見直し案を翌週の閣議に提出すると述べていました。
したがって、本稿執筆時点で確認できるのは「教育省が撤廃方針を表明した」ことまでであり、改訂ガイドライン、経過措置、免許更新実務まで確定したとは言い切れません。
この省庁間の食い違いは、ブミプトラ政策を理解するうえで象徴的です。
というのも、ブミプトラ政策は一つの法律に基づく一律の30%規制ではなく、各省庁、州政府、規制機関、政府調達制度、国営企業の取引制度に分散しているからです。
ブミプトラ政策は「一つの規制」ではない
ブミプトラ政策という言葉からは、会社の株式の30%をブミプトラに保有させる制度が想起されがちです。
しかし、実際の制度はそれほど単純ではありません。
ある業界では株式保有が条件となり、別の業界では取締役、経営陣、従業員の構成が問われます。
また、一般市場への参入自体は可能でも、政府案件及び国営企業との取引に参加するためには、ブミプトラ企業としての資格が必要になることがあります。
さらに、不動産では会社の株主構成ではなく、開発物件の一定割合をブミプトラ向けに留保する仕組みが採られています。
したがって、ブミプトラ政策の影響を検討する際には、「その会社に30%のブミプトラ株主が必要か」という質問だけでは不十分です。
誰が規制主体なのか、何の許可・資格・取引機会が問題なのかを分けて確認する必要があります。
私自身、以前にマレーシア企業の買収案件で、買主側の支援に関わったことがあります。
対象会社が属していたのは、ブミプトラ規制のある業界でした。
そのときに実感したのは、株主構成を確認しただけでは検討が終わらないということです。
要件を満たす形に整えようとすると、出資、契約、許認可の関係を組み合わせて設計する必要があり、結果として体制は単純とは言えないものになりました。
手当てを重ねるほど構造は複雑になり、その複雑さ自体が、後から見れば維持と説明の負担として残ります。
小売・流通では今も30%要件が残る
ブミプトラ出資要件が明示されている代表例の一つが、外資系の小売・流通業です。
流通業への外資参加を規律しているのは、国内取引・生活費省(KPDN)が所管するガイドラインです。
流通業への外資参加に関するガイドラインは、ハイパーマーケットについて、会社の株式の少なくとも30%をブミプトラまたはマレー人が保有することを求めています。
さらに、株式保有とは別に、棚に陳列する在庫管理単位(Stock Keeping Unit、SKU)の少なくとも30%を、ブミプトラまたはマレー人の中小企業の商品に割り当てることも条件とされています。
外資が関与するコンビニエンスストアについては、同じガイドラインが、外国持分を最大30%とし、少なくとも30%をブミプトラまたはマレー人向けに留保することを定めています。
ここでは、単なる株式保有にとどまらず、棚に並ぶ商品の構成までが政策の対象となっています。
石油・ガスでは取引分類ごとに要件が異なる
石油・ガス分野では、PETRONASとの取引に必要となるライセンス・登録制度が大きな意味を持ちます。
PETRONASの登録ガイドラインでは、製品・サービスの分類であるStandardised Work and Equipment Categoriesごとに、ブミプトラに関する最低要件が設定されています。
その比率は一律ではなく、分類に応じて0%、30%、51%または100%となります。
しかも、確認されるのは株式だけではありません。
同ガイドラインは、株式、取締役会、経営陣、雇用という四つのレベルについて、それぞれ所定の比率を満たすことを求めています。
これは、形式的な少数株主を置くだけではなく、経営及び雇用を含む実質的な参加を確保しようとする制度です。
自動車輸入はブミプトラ限定枠が明確である
中古車等の輸入に用いられるOpen Approved Permitについては、現在もブミプトラ政策が明確に維持されています。
MITIのApproved Permit案内では、Open APの申請会社は100%ブミプトラ所有の非公開有限責任会社であり、最低100万リンギの払込資本を有することなどが条件とされています。
政府は2024年7月から申請対象を広げましたが、対象を非ブミプトラ企業にも開放したわけではありません。
MITIの2024年6月18日付発表によれば、自動車事業の経験がないブミプトラ企業も申請できるようにしたものであり、ブミプトラ限定の枠内で門戸を広げた措置です。
政府調達と建設は一般市場と区別して考える必要がある
2022年度予算に関する財務省の公開協議文書には、政府調達におけるブミプトラ企業への価格優遇、一定規模の調達における優先枠、ブミプトラ製造業者への優遇といった措置が整理されています。
CIDBのコントラクター登録案内によれば、建設業でも、一般の建設工事に必要な登録とは別に、政府工事に参加するための資格と、ブミプトラ・ステータス証明が設けられています。
この場合、非ブミプトラ企業が建設業そのものを営めないという意味ではありません。
一般の民間市場に参入できるかという問題と、ブミプトラ向けに留保・優遇された政府案件に参加できるかという問題を区別する必要があります。
不動産では州ごとの販売枠として現れる
不動産分野では、会社の出資比率よりも、開発物件のブミプトラ向け販売枠と値引きが重要です。
具体的な比率及び解除手続は州によって異なります。
例えばセランゴール州では、開発業者が売れ残ったブミプトラ向け住戸について、州住宅不動産庁(LPHS)にクオータの解除を申請することができます。
セランゴール州議会の答弁によれば、解除は工事の進捗に応じた四つの段階に分かれており、ブミプトラ以外の枠の住戸をすべて売り切っていることなどが前提とされています。
同じ答弁によれば、解除を受けた開発業者はブミプトラ値引きに相当する額を州に支払うこととされ、答弁の時点では住宅で販売価格の7%、商業用及び工業用で10%とされていました。
実際の申請は州の専用オンラインシステムを通じて行われます。
したがって、不動産事業では、連邦レベルの外資規制だけでなく、土地所在地の州政策を個別に確認しなければなりません。
資本市場にもブミプトラ割当がある
マレーシア証券委員会のFAQによると、ACE市場への上場会社は、一定の時点までに、拡大後発行済株式の12.5%をMITIまたは財務省が承認・認定するブミプトラ投資家に割り当てることを求められます。
同じFAQは、公募を行う場合に、公募株式の少なくとも50%をブミプトラの一般投資家向けとする条件も示しています。
これは特定の業界に対する規制というより、資本市場へのアクセスに伴う横断的な政策です。
一方で、製造業は大幅に自由化されている
これらと対照的なのが製造業です。
MIDAが公表する出資政策によれば、2003年6月以降、新規の製造プロジェクト及び既存事業の拡張・多角化について、外国投資家は原則として100%の株式を保有できます。
もっとも、2003年以前に個別認可条件として課された株式・輸出条件が残っている会社もあるため、既存会社の過去の認可条件は別途確認が必要です。
この製造業の自由化は、マレーシアがすべての分野で30%要件を維持しているわけではないことを示しています。
今後は「一律撤廃」より「選択的な組み替え」へ
今回の私立教育機関をめぐる動きから、直ちに他業界でも30%要件の撤廃が進むと考えるのは早計です。
マレーシア政府は、Pelan Transformasi Ekonomi Bumiputera 2035、いわゆるPuTERA35において、ブミプトラの株式保有の引上げを推進項目の一つに掲げています。
統計局が公開するPuTERA35の目標ダッシュボードは、ブミプトラ個人及びマンデート機関による株式保有について、2020年の18.4%に対し、2035年の目標を30.0%としています。
PuTERA35の施策一覧には、上場企業の民族別構成に関する開示、ブミプトラ企業の上場促進、受益所有者情報の強化なども挙げられています。
もっとも、目標そのものが固定されているわけではありません。
Bernamaによる2026年9月7日の報道によれば、経済相は、PuTERA35の進捗に関する報告を踏まえ、年末から翌年初めにかけて目標を詳しく検証する考えを示しています。
そのため、今後の方向性はブミプトラ政策そのものの撤廃ではなく、次のような組み替えになる可能性が高いと考えられます。
第一に、教育、デジタル、先端製造など、供給不足又は海外投資の必要性が高い分野では、入口段階の株式要件を緩和することです。
第二に、政府調達、国営企業のサプライチェーン、輸入許可、不動産開発など、政府が取引機会を直接コントロールできる分野では、ブミプトラ優遇を維持することです。
第三に、名目的な30%株主を置く方式から、取締役、経営陣、従業員、調達先、資金調達、技術移転を含む実質的な参加へ重点を移すことです。
第四に、受益所有者の開示及び実効的支配の確認を強化し、いわゆる名義貸しによる形式的な要件充足を難しくすることです。
この方向が続くのであれば、形を整えることに重点を置いた設計ほど、維持の負担が重くなっていくと考えられます。
まとめ
私立教育機関の30%要件撤廃は、マレーシアのブミプトラ政策にとって注目すべき変化です。
しかし、これを政策全体の終わりと見ることはできません。
むしろ、マレーシアは、投資及びサービス供給を妨げる出資要件については見直しつつ、政府調達、国営企業取引、輸入許可、不動産、資本市場といった別の制度を通じてブミプトラ参加を確保しようとしているように見えます。
今後マレーシアで事業を検討する企業にとって重要なのは、「ブミプトラ規制があるか、ないか」という二者択一ではありません。
会社設立、業務許可、株主構成、政府調達、国営企業との取引、棚に並ぶ商品の構成、州政府の不動産政策を一つずつ切り分けることです。
今回の教育省とMITIの説明の食い違いも、政策が複数の行政主体にまたがることの難しさを示しています。
教育分野については、教育省の改訂文書、経済省の確認、2027年以降の免許更新実務が明らかになるまで、撤廃方針と実際の適用を分けて見ておくのが安全だと考えています。
