[コラム] マレーシアCRESS完全解説 – 製造業のための電力調達戦略の転換点

✅ ざっくり言うと

  • 2025年8月、CRESSの系統アクセス料金が最大40%引き下げ: ファーム供給のSACが20 sen/kWhとなり、24時間稼働工場にとって現実的な選択肢として浮上
  • 🔄 第三者アクセス(TPA)による電力市場の構造転換: TNBのシングルバイヤーモデルから脱却し、企業が発電事業者と直接PPAを締結できる仕組みが本格始動
  • 📊 4つの再エネ調達スキームの戦略的選択が必要: CRESS・GET Greenpath・CGPP・NEM/LSSの特性理解と、自社の負荷パターン・契約リスク許容度に応じた最適ポートフォリオ構築が競争優位の源泉に
  • 🚀 蓄電池付きプロジェクトが成否のカギ: ファーム供給対応の発電パートナー探索と、長期固定価格によるエネルギーコストのヘッジが経営計画の予見可能性を向上
目次

はじめに

今回は、マレーシアで製造業を操業する企業にとって、2025年後半の大きな転換点となっているCRESS(Corporate Renewable Energy Supply Scheme:企業向け再生可能エネルギー供給スキーム)について説明していきます。

マレーシアの電力市場は、長年にわたりTNB(Tenaga Nasional:テナガ・ナショナル)による独占的なシングルバイヤーモデルで運営されてきました。
企業が再生可能エネルギー(以下「再エネ」)を調達しようとしても、TNBが提供するメニュー(GET等)を選択するか、自社屋根へのソーラーパネル設置(NEM)を実施するしか選択肢がありませんでした。

ところが、2025年7月にはRP4(Regulatory Period 4)と呼ばれる新たな規制期間が始まり、産業用電気料金の構造が刷新されました。
さらに8月には、政府がCRESSの系統アクセス料金(SAC:System Access Charge)を最大40%引き下げると発表し、市場の潮目が大きく変わりました。

「脱炭素は進めたいが、これ以上コストは上げられない」というジレンマを抱える製造業にとって、CRESSは救世主となり得るのか、それとも、従来のTNB電力購入や既存のグリーン電力プログラムの方が賢明なのか。

本稿では、複雑化するマレーシアの再エネ調達オプションを「コスト」と「リスクヘッジ」の観点から徹底比較します。

CRESSとは何か:制度の仕組みと革新性

マレーシア電力市場の基本構造

マレーシアの電力市場は、従来は以下のような構造で運営されてきました。

発電事業者(IPP等)
  ↓
TNB(シングルバイヤー)
  ↓
一般送配電事業者(TNBの系統部門)
  ↓
需要家(工場・オフィス等)

この「シングルバイヤーモデル」では、全ての発電事業者がTNBに電力を販売し、TNBが一括して需要家に供給するという構造でした。
需要家側は、TNBが決定する規制料金(タリフ)を支払うしか選択肢がなかったわけです。

CRESSがもたらす「第三者アクセス(TPA)」の導入

CRESSは、この構造を打破し、企業が発電事業者から直接電力を調達できる仕組みを導入しました。具体的には、以下のような流れになります。

発電事業者(IPP)
  ↓ [PPA契約]
  ↓
一般送配電事業者の系統(物理的な送電網)
  ↓ [系統利用料:SAC支払い]
  ↓
需要家(企業工場)

これは、第三者アクセス(Third Party Access:TPA)と呼ばれる仕組みで、発電事業者と需要家が直接契約を結び、送電網を「借りて」電力を融通するという構造です。

CRESSの法的成立要件と契約構造

CRESSでは、以下の3つの契約が必要となります

PPA(Power Purchase Agreement:電力購入契約)

  • 発電事業者と需要家の間で締結
  • 電力単価・契約期間(通常10~20年)・支払条件等を規定

系統アクセス契約(System Access Agreement)

  • 需要家と一般送配電事業者の間で締結
  • 送電網の利用料(SAC)・技術要件等を規定

計量・決済契約(Metering and Settlement Agreement)

  • 電力量の計量方法・精算手続き等を規定

これらの契約を通じて、企業はTNBの規制料金に縛られない、長期固定価格での電力調達を実現できるようになります。

2025年8月のSAC引き下げ:何が変わったのか

SAC(系統アクセス料金)とは

CRESS導入当初、最大の懸念は「送電網利用料(SAC)が高すぎて採算が合わない」ことでした。
SACは、発電事業者から需要家まで電力を送る際に、一般送配電事業者に支払う料金です。

このSACは、供給の安定性によって2つの区分に分かれています。

ファーム供給(Firm Supply)

  • 蓄電池(BESS:Battery Energy Storage System)等を併設し、安定的に電気を送る場合
  • 太陽光発電+蓄電池のような構成

ノンファーム供給(Non-Firm Supply)

  • 太陽光のみなど、天候で発電量が変動する場合
  • 曇天時や夜間は供給が停止する可能性

2025年8月の料金改定:劇的な引き下げ

マレーシアエネルギー移行・水資源変革省(PETRA:Ministry of Energy Transition and Water Transformation)は、2025年8月29日にSACを以下のように引き下げました

区分旧レート新レート (2025年8月~)引き下げ幅
ファーム供給25 sen/kWh20 sen/kWh20%減
ノンファーム供給45 sen/kWh40 sen/kWh11%減

なぜこの引き下げが重要なのか

ファーム供給のSACが20 sen/kWhまで下がったことで、24時間稼働の工場にとって、CRESSが現実的な選択肢として浮上してきました。

一方、蓄電池なしの「ノンファーム供給」は依然として40 sen/kWhとコスト高です。
つまり、「CRESSを活用するなら、蓄電池付きのプロジェクトを選べ」というのが現在の市場のメッセージであると考えられます。

4つの再エネ調達スキームの比較

マレーシアで製造業が再エネを調達する主要なオプションは、以下の4つです。

CRESS(企業向けRE供給スキーム)

仕組み

発電事業者と直接PPAを結び、物理的に電気を送ってもらう仕組みです。

コスト構造

[PPA価格] + [SAC] + [その他系統関連費用]

向いている企業

  • 大規模工場(特に中圧・高圧受電)
  • 2026年以降の燃料費高騰や炭素税リスクをヘッジしたい企業
  • RE100などで「追加性(Additionality)」のある再エネ調達を求められている企業

特典

再エネ基金(KWTBB:1.6%)の支払いが2025年8月1日から免除されます

CRESSの法的要件

GET Greenpath(新グリーン電力タリフ)

仕組み

TNBから買う電気に「再エネ証書(mREC:Malaysian Renewable Energy Certificate)」をセットにするサブスクリプションです。2025年7月にリニューアルされました。

コスト構造

[通常の電気代] + [Greenpath追加料金]

注意点

以前のGETとは異なり、燃料調整費(AFA/ICPT)の免除がなくなりました。つまり、化石燃料価格が上がれば、電気代も上がります。

向いている企業

小規模・中規模の工場やオフィス。手軽に再エネ比率を上げたいが、長期契約のリスクは負いたくない場合に適していると考えられます。

CGPP(企業グリーン電力プログラム)

仕組み

「バーチャルPPA」です。電気は通常通りTNBから買い、発電事業者とは「価格差金決済(CFD:Contract for Difference)」のみを行う金融取引です。

コスト構造

複雑な会計処理が必要(デリバティブ取引扱いになる場合も)。物理的な送電コスト(SAC)はかからないが、再エネ証書のみを受け取る形です。

向いている企業

金融的なヘッジ手段として再エネを活用できる、財務部門が強い多国籍企業に適していると思われます。

LSS(大規模太陽光発電) / NEM(ネット・エネルギー・メータリング)

仕組み

  • LSS: 基本的にTNBへの売電用
  • NEM: 自社工場の屋根に設置して自家消費

向いている企業

まずはNEM(屋根置き)が最優先です。最もコストメリットが出やすい(TNBから買う量を減らせるため)選択肢であると考えられます。CRESSはその次のステップとして位置付けられます。

コスト比較の考え方:どちらが得か

RP4における産業用電気料金の構造変化

2025年7月から開始されたRP4では、産業用電気料金が大幅に再編されました
従来の業種別分類(商業用・工業用等)から、電圧レベル別分類(低圧・中圧・高圧)へと変更されています。

基準タリフの変更

  • RP3(2022~2024年):39.95 sen/kWh
  • RP4(2025年7月~2027年12月):45.40 sen/kWh
  • 増加率:約13.6%

料金構成の4要素化

電気料金 = エネルギー料金 + 容量料金 + 系統料金 + 小売料金

この再編により、電圧レベルや使用パターンによって、企業ごとの料金への影響は大きく異なります。

CRESS導入のコストメリット検討

CRESSの経済性を評価する際には、以下の要素を総合的に検討する必要があります。

コスト要素

CRESS総コスト = [PPA価格] + [SAC 20 sen/kWh(ファーム供給)] + [その他系統費用]

TNB標準タリフとの比較要素

重要な注意点

実際のコストメリットは、以下の個別要因によって大きく変動します。

  • 発電事業者が提示するPPA価格(市場非公開情報が多い)
  • 工場の電力消費パターン(24時間稼働 vs 昼間のみ等)
  • 契約期間(10年 vs 20年)
  • 将来の燃料価格予測

したがって、一律に「CRESSの方が安い」「TNBの方が安い」と断言することはできません。個別のケーススタディと専門家によるシミュレーションが必須となります。

長期契約におけるリスク要因

CRESSのリスク

  • 発電事業者の信用力(倒産リスク)
  • 蓄電池の劣化による供給安定性の低下
  • 契約期間中の系統接続条件の変更
  • 長期契約による柔軟性の喪失

TNB標準タリフのリスク

  • 燃料価格高騰による料金上昇
  • 将来的な規制変更の可能性
  • 環境規制強化による追加コスト

実装に向けた3つのステップ

CRESSは「誰にでも合う」制度ではありませんが、適切に実装すれば強力な武器になります。

ステップ1:屋根の活用(NEM)を最大化する

まずは自社屋根での発電(Solar SELCO/NEM)で、ベースの電気代を下げることが優先されます。

NEM(Net Energy Metering)の仕組み

  • 自社屋根に太陽光パネルを設置
  • 昼間の余剰電力をTNBグリッドに逆潮流
  • 夜間はTNBから電力を購入
  • 月間の差し引きで電気代を精算

NEMのメリット

  • 初期投資が比較的少ない
  • 投資回収期間が短い(通常5~7年)
  • TNBから買う電力量を直接削減できる

ステップ2:負荷パターンの分析

貴社の電力消費は24時間フラットか、それとも昼間だけか。
CRESSの「ファーム供給」を受けるには、安定した需要カーブが有利です。

負荷パターンの分類

タイプA:24時間フラット型
- 半導体工場、データセンター等
- ファーム供給と相性が良い

タイプB:昼間ピーク型
- 組立工場、物流倉庫等
- ノンファーム供給でも対応可能(ただしコスト高)

タイプC:夜間ピーク型
- 一部の製造業
- ファーム供給必須(太陽光単体では対応不可)

ステップ3:「蓄電池付きPPA」の探索

CRESSでメリットを出す鍵は、SACが安い「ファーム供給」に対応できる発電パートナーを見つけることです

発電パートナー選定のチェックリスト

  • [ ] 蓄電池(BESS)を併設しているか
  • [ ] マレーシア国内での実績があるか
  • [ ] 財務状況は健全か(20年契約に耐えられるか)
  • [ ] O&M(運用保守)体制は確立されているか
  • [ ] 保険付保は十分か(自然災害・設備故障等)

国際比較:日本・ASEANとの制度差異

日本のコーポレートPPAとの比較

日本では、電気事業法上の複雑な規制体系があり、以下のスキームが存在します。

日本のPPAスキーム

  • オンサイトPPA(企業敷地内)
  • オフサイトPPA(小売電気事業者経由)
  • 自己託送(密接関係要件あり)
  • バーチャルPPA(価格差金決済)

マレーシアCRESSとの違い

  • 日本は小売電気事業者の介在が原則必須
  • マレーシアは発電事業者と需要家の直接契約が可能
  • 日本は自己託送の「密接関係」要件が厳格
  • マレーシアは企業グループ外の発電事業者とも契約可能

ASEAN諸国との比較

シンガポール

  • 2018年から電力小売市場が完全自由化
  • 企業は複数の小売業者から選択可能
  • ただし国土が狭く、オフサイト太陽光の適地が限定的

タイ

  • PPA制度が発展途上
  • 国営電力公社(EGAT)の影響力が依然として強い
  • 企業向け再エネ調達は限定的

ベトナム

  • 直接PPA(DPPA)制度が2021年に導入
  • ただし手続きが複雑で実例は少ない
  • 系統接続の遅延が頻発

マレーシアCRESSの位置付け

ASEAN域内では、比較的先進的な企業向け再エネ調達制度であると評価できます。特に、SACの透明性と予見可能性が高い点が特徴です。

まとめ

マレーシアの電力市場は、シングルバイヤーモデルからの転換期に入りました。
「言われた料金を払う」時代から、「自ら電源を選び、コストを固定する」時代への移行が始まっています。

CRESSは、以下の条件を満たす企業にとって、有力な選択肢となり得ると考えられます。

CRESS導入が有効な企業の特徴

  • 年間電力消費量が大きい(複数MW規模)
  • 24時間稼働または安定した負荷パターン
  • 長期的な事業継続性が見込める
  • 燃料費高騰リスクをヘッジしたい
  • RE100等の国際的な環境イニシアチブへの対応が必要

一方で、以下のような企業には、従来のGET GreenpathやNEMの方が適していると思われます。

CRESS以外が適している企業の特徴

  • 年間電力消費量が小規模
  • 負荷変動が大きい(ピーク時とオフピーク時の差が大きい)
  • 短期的な柔軟性を重視したい
  • 長期契約のリスクを負いたくない

最適なポートフォリオ構築の重要性

実務的には、単一のスキームに依存するのではなく、複数のスキームを組み合わせることが推奨されます。

【推奨ポートフォリオ例】
1. NEM(屋根置き):30%
   → 最もコストメリットが高い

2. CRESS(ファーム供給):50%
   → 長期価格固定によるヘッジ

3. TNB標準タリフ:20%
   → 柔軟性の確保

不確実な時代だからこそ、エネルギー戦略を「攻め」の姿勢で再構築することが競争優位の源泉になると考えられます。

弊社Borderlessでは、マレーシアを含むASEAN地域での再エネ調達戦略の立案から、発電パートナーの選定サポート、契約交渉支援まで、一貫したサービスを提供しています。

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